「オープンカウンター」は、1979年に宇田応之博士が発明したACシリーズの心臓部である電子計数装置です。 ここでは、特許申請後の1981年に発表されたオープンカウンターの原著論文[1]と、このカウンターを応用して 「仕事関数・イオン化ポテンシャル」や「膜厚」を初めて測定した1985年の論文[2]を紹介します。

[1] H. Kirihata, M. Uda, Externally quenched air counter for low-energy electron emission measurement, Rev. Sci. Instrum, 52, 68 (1981);
https://doi.org/10.1063/1.1136448

[2] M. Uda, Open Counter for Low Energy Electron Detection, Jpn. J.Appl.Phys. 24,284 (1985);
https://iopscience.iop.org/article/10.7567/JJAPS.24S4.284/meta#

ACシリーズの測定データを使って、論文をご執筆される際には、是非、引用していただけますようお願いします。 また、関連論文も紹介しておりますので、各項目を開いて記事をご確認ください。 なお、以下の博士論文が早稲田大学リポジトリから閲覧可能です。日本語の総説として併せてご活用ください。

[3] 普及型オープンカウンターの製作と応用　中島嘉之 (2004)
https://waseda.repo.nii.ac.jp/?action=repository_action_common_download&item_id=20573&item_no=1&attribute_id=20&file_no=3

[4] 改良型大気中光電子収量分光装置を用いた表面分析に関する研究　山下大輔 (2015)
https://waseda.repo.nii.ac.jp/?action=repository_action_common_download&item_id=16919&item_no=1&attribute_id=20&file_no=1

オープンカウンター^※1は、1979年に宇田博士と桐畑博士が発明した大気中で電子を一つひとつ計数できる超高感度電子検出器です[1],[2]。 宇田博士らはこのオープンカウンターを分光紫外線照射光学系と組み合わせて、後に大気中光電子収量分光法^※2とよばれる手法で、様々な応用測定を行いました。 そして理研計器は、1986年よりこのオープンカウンターを組み込んだ大気中光電子収量分光装置をACシリーズとして製造・販売してきました。

Fig.1 宇田博士と桐畑博士が試作したオープンカウンター[3]

光電子収量分光法は試料表面に照射した紫外線とその時放出される光電子の数との関係から試料表面を分析する手法です。 光電子の計数には通常、チャンネルトロンが用いられます。 チャンネルトロンはXPSやUPSなどの光電子分光に用いられる電子を一つひとつ計数できる検出器です。 しかし、これは真空中でしか動作しません。このため、チャンネルトロンを用いた光電子収量分光法は、試料を真空中に設置して測定します。

また、光電子を計測するために電流計が用いられることがありました。 電流計は大気中でも真空中でも動作します。しかし、この方法は感度が低く、試料から大量の電子を放出させる必要があります。 例えば、現在、市販されている最高感度の電流計は、1fA（フェムトアンペア；10^-15A）程度の微小電流を検出できます。 1fAは、電流としては極めて微小です。しかし電子の流れる個数に換算すると1秒間に6242個に相当します^※3。 つまり、電流計を用いて電子を計測するタイプの光電子収量分光装置は試料の表面から１秒間に6242個以上の電子を放出させなければ電子を検出できません。 測定のため、大量の電子を試料表面から取り出すことは表面を変化させる恐れがあります。 測定中に試料表面が変化すると、再現性を評価する事ができないだけでなく、測定結果にも疑念が残ることがあります。

これらの事情もあり、オープンカウンターが発明され、ACシリーズが販売されるまでは大気中光電子収量分光はあまり盛んではありませんでした。 オープンカウンターの発明は、光電子収量分光法を大気中で行う事ができる市販装置を生み出しました。 これにより、光電子収量分光法は、光電子測定を専門としない材料やデバイスの研究者、技術者にも、仕事関数、イオン化ポテンシャル、 極薄表面被膜厚の測定に広く用いられるようになりました。

[5] A. Koyama, M. Kawai, H. Zenba, Y. Nakajima, A. Yoneda and M. Uda "Electron counting by a double cylindrical open counter in mixtures of N2 and inert gases of various concentrations" Nucl. Instr. and Meth. in Phys. Res. A422 (1999) 309. ; https://www.sciencedirect.com/science/article/abs/pii/S0168900298009644

論文[1], [2]には、アルミニウムから放出された光電子の測定結果が示されています。 そして、照射紫外線の光子のエネルギーと光電子放出量とのグラフ（光電子収量スペクトル）を作成し、光電子放出のしきい値エネルギーを求めて仕事関数を議論しています。

Fig.2 アルミニウム板からの光電子放出挙動[1]

大気中に放置されたアルミニウム表面の仕事関数より、罫書いて傷をつけたアルミニウム表面の仕事関数の方が小さい事を示しています。 この結果は、後に詳細に測定され報告されています[6]。 論文[6]では、初期酸化過程において、アルミニウムの格子間距離が変化することにより仕事関数が小さくなることが示唆されています。 その考察において、光電子収量スペクトルから実験的に見積もった大気に晒されたアルミニウム表面の局所電子状態密度 (local density of states; LDOS)の変化を、分子軌道計算の結果と比較して議論しています。

Fig.3 大気に晒されたアルミニウム表面の局所電子状態密度(LDOS)の変化[6]

なお、罫書いて傷をつけた表面の仕事関数が変化する現象は、ケルビンプローブでも観測でき、また、アルミニウム以外に亜鉛やカドミウムでも起こる事が報告されています[7]。

Fig.4　表面を罫書いて傷をつけた金属の仕事関数の変化[7] 縦軸は仕事関数。横軸は罫書いた直後からの経過時間。□は光電子収量分光法、●はケルビンプローブで測定された。

これらの測定およびデータ解析手法は、有機材料の開発にも非常に広く貢献しています。 例えば、 有機EL材料 、 ペロブスカイト太陽電池材料 などのイオン化ポテンシャル測定に大変広く応用されています。 論文[8]、[9]ではイオン化ポテンシャルと状態密度を見積り、分子軌道計算と比較しています。

Fig.5　ZnII-TPP 照射紫外線エネルギーと光電子収率の平方根との関係[8]

Fig.6　光電子スペクトルから求められたTPPの状態密度（ Density of states ; DOS ）[8]

Fig.7　光電子スペクトルから求められたフタロシアニンの状態密度（上段）とDV-Xa法を用いた計算結果（下段）との比較[9]

[6] M.Uda, Y.Nakagawa, T.Yamamoto, M.Kawasaki, A.Nakamura, T.Saito and K.Hirose, J. Electron. Spectrosc. and Related Phenom. 88-91, 767(1998).
https://doi.org/10.1016/S0368-2048(97)00237-5

[7] 中島嘉之, 石地徹, 中野信夫, 宇田応之 "接触電位差法による金属仕事関数の大気中連続測定" 表面技術 51,861 (2000) .
https://doi.org/10.4139/sfj.51.861

[8] Y. Nakajima, M. Hoshino, D. Yamashita and M. Uda "Near Edge Structures of Tetraphenylporphyrins Measured by PESA and Calculated with DV-Xα" Adv. Quantum Chem. 42 (2003) 399.
https://doi.org/10.1016/S0065-3276(03)42063-7< /a>

[9] D. Yamashita, Y. Nakajima, A. Ishizaki and M. Uda, Photoelectron spectrometer equipped with open counter for electric structures of organic materials J. Surf. Anal. 14,433 (2008);
http://www.sasj.jp/JSA/CONTENTS/vol.14_4/Vol.14%20No.4/Vol.14%20No.4%20433-436.pdf

薄膜の厚さを測定する手法は多々ありますが、膜厚がナノメートル（nm；10^-9m）のレベルになると測定手法はXPSなどの光電子分光に限られます。 しかし、XPSは試料を真空中に設置する必要があり、製品検査の分野では手間やタクトタイムの面から簡便な測定方法が求められています。 オープンカウンターを用いた光電子収量分光法は、この様なニーズにも有効です。 光電子収量分光法で計数される低運動エネルギーの光電子は、光や放射線と比較して、透過力が小さいので、脱出深さが数十nmと浅く、透過する膜の厚さが薄くなると透過数が減少します。 このことは、nmオーダーの極薄薄膜の厚さ測定に応用可能で、論文[2]では、シリコンウエハー表面の熱酸化被膜の厚さ測定に応用されています。

Fig.8 シリコンウエハー表面の熱酸化膜と計数率との関係[2]

横軸にXPSやEllipsometryで測定した酸化膜厚、縦軸に計数率の対数のグラフは直線になります。 このグラフを検量線に用いる事で。シリコンウエハー表面のナノメートルオーダーの厚さの酸化膜の厚さも短時間で簡単に測定する事ができます。 そして、この技術は、 ビデオテープの表面潤滑膜の厚さ測定 にも応用されています。